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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)26号 決定 1976年10月19日

抗告人

山田一郎(仮名)

右訴訟代理人

松本憲吉

相手方

青山忍(仮名)

事件本人

山田理香(仮名)

昭和四三年八月三〇日生

事件本人

山田太郎(仮名)

昭和四五年一二月一三日生

右当事者間の親権者変更審判申立事件の審判に対する抗告事件につき、当裁判所は、次の通り決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

第一抗告の趣旨

1  原審判主文1を取消す。

2  本件を横浜家庭裁判所川崎支部に差戻す。

第二抗告理由の要旨

一原審判は、事件本人山田理香(昭和四三年八月三〇日生)の親権者を父である抗告人から母である相手方に変更した。

二しかし、右審判は、次に掲げる諸事由から見て、明らかに不当である。

1  相手方は、宗教「ものみの塔」の熱狂的な信者であり、その結果、子の養育監護に関して例えば次のやうな不都合を生じる。

(一) 子が病気で熱を出して居ても、その面倒を見ないで、「ものみの塔」の集会に出席する。或いは熱のある子をつれて集会所に行く。

(二) 子が町内の祭で山車をひく事を許さない。

(三) 「ものみの塔」の信仰では輸血が禁じられているから、子が輸血を必要とするような場合には、極めて危険である。

2  相手方は、抗告人と別居後、洋裁の内職により生活しているが、「ものみの塔」の集会及び伝道のために多くの時間を割かれるので十分な収入を得る事が出来ず、生活は極めて苦しい。

3  抗告人は、相手方と離婚後、現在は独身であり、仕事の都合から朝早く夜おそいので二人の子と一緒に生活する事が出来ない。そこで、本藉地に居住する実兄加藤勝に養育を依頼して居るが、同人は東京○○株式会社に勤務して居り中流の上の生活で、而も長男淳一(八才)、長女加代(十才)のような遊び相手も居るので、事件本人両名の養育監護には最適の環境である。

4  原審判に従えば、姉弟である事件本人両名を、一方は抗告人へ、一方は相手方へと引離す事になるが、このような事は右両名にとつて著しく不幸な結果を招き、同人らの人格形成に悪影響を与える事は明白である。

三よつて、原審判主文1を取消して、本件を横浜家庭裁判所川崎支部に差戻す事を求めるため本件抗告申立に及んだ。

第三当裁判所の判断

一相手方がキリスト教の一派である「ものみの塔」の信者である事は、家庭裁判所調査官の調査報告書により認められるが、抗告人が列挙する諸事由中(一)の主張はたやすく認めがたく、(三)の輸血の問題は医師の決める事項であるから、相手方の輸血否定の信念が事件本人理香の生命を危険ならしめるとまでは言いきれない。その他相手方が一種の狂信者として子を養育監護に相応はしくない者と認めるべき事情は見当らない。

二前記調査報告書によれば、抗告人の方が相手方に比較して収入の面ではかなり上廻つているものの相手方も決して貧困という訳ではなく、その生活環境も普通である事が認められるから、事件本人理香を手許に引取つても経済的に苦しくなるとは思われない。

三前記調査報告書によれば、抗告人が事件本人両名の養育を依頼して居る実兄加藤勝の生活環境は良好であるとは認められるが、抗告人が仕事の都合から事件本人らと一緒に生活して居ない点、事件本人理香は伯父夫婦の許で暮しているため、幼心にも気を遣い、やゝ情緒不安定になつていて、実母と共に暮すことを望んでいると認められる点を考慮すると、寧ろ実母である相手方と一緒に生活した方が、八才の少女である智子の情操面に好影響をもたらすものと推察される。

勿論、その結果、姉弟である事件本人両名を一方は抗告人へ、他方は相手方と引離す事になるけれども、前記調査報告書によると、事件本人太郎は伯父夫婦の許で従兄姉の加代(昭和四一年生)、淳一(昭和四三年生)らとの生活に比較的よく融け込んでいることが認められるので、前記判断を不当とするには足りず、これも止むを得ない事であると言わなければならない。

四以上の次第であるから、事件本人理香の親権者を父である抗告人から母である相手方に変更した原審判は相当と認められるので、本件抗告を棄却する事とし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第八十九条の規定を適用して主文の通り決定する。

(室伏壮一郎 三井哲夫 河本誠之)

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